眼鏡店の眼鏡処方は違法か
 
          
                                  岡本隆博

   眼鏡店で、医師でないものが眼鏡処方をするのは違法行為であるという意見が
   ごく一部にありますが、それは違います。

   【理由】

   医師法がその第17条で医師のみに許しているのは「医業」です。
   それは「医行為」を「業とする(反復継続の意思をもってなす)」ことです。
   眼鏡店の眼鏡処方は「業」ですが、では「医行為」でしょうか。
   過去の判例により、医行為とは下記のような条件をすべて備えているものを云うと、
   ほぼ定まっています。

     @疾病の診断や治療を目的とし
     A現代医学の原理に添ったもので
     B医師でない者が行なえば危険なこと
 
   @には該当しません。目的は眼の光学的な遠点の位置を変えてものを見やすくするこ
     とであり、疾病の診断や治療をしようとするものではありません。

   Aメガネ店が処方するメガネは光学原理の応用であり、医学的な治療に属するものではありません。

   B眼鏡の度数をお客さんと相談しながら決めることに格別の危険性があるとは考えられません。

   このように、眼鏡店の眼鏡処方は医行為であることから三重に免れているのです。
   また、法律の世界では、永年の慣習で特に社会的に指弾されることなく問題なく続い
   てきたことで、いまも行なわれていることは違法性を持たない、というのは常識なのです。

   「我国のメガネ店の眼鏡処方調製は慣習法による合法性が確立している」、とも言えます。

   また、厚生省も昭和29年に、
   顧客の求めに応じて、顧客が自分に適するメガネの度数を選ぶのを眼鏡店の人間が補助する行為
   (それを我々は行なっているわけです)は医師法に反しない、という趣旨のことを言っています。

   もしも、眼鏡店が行なう眼鏡処方は違法だとおっしゃるかたがおられましたら、この
   ホ−ムページの掲示板で、その理由をお聞かせください。

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   なお、「検眼」という言葉は、解釈が人によって異なりますので、ここでは用いませんでした。
   法律論でその言葉を使うならば、まずその言葉の定義をしてください。
   また、ここで私が云った「眼鏡店での眼鏡処方」は、必要に応じて眼科がたまに行な
   う「処方者が一方的に度数を決める」ものではなく、「眼鏡ユーザーと眼鏡技術者が
   相談しながら、眼鏡技術者とユーザーの最終的な
   合意のもとに眼鏡の調製度数を決めること」と定義しておきます。

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   こういうことの詳細は、
   岡本隆博・野矢正『眼科処方箋百年の呪縛を解く』(日本眼鏡教育研究所)をご覧下さい。
   このホームページのこちらに書籍案内があります。
 
 
 
 

   上記の所論は、このホームページの初期のころに掲出された(おそらく2003年前後)ものだが、
   黒田基という人のブログの中の、http://www.h-fd.org/mkro/mt/archives/2005/06/
   に、上記の私の論を批判したものがある。(2005年6月24日に書かれたものらしい)
   いずれこの書き込みは消えてしまうかもしれないので、少し長い引用になるが、その主要な箇所を引用して
   (ただし、分割して引用する)コメントをしておく。

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   (引用初め)ユーザー本位の眼鏡処方を推進する会というサイトがありまして、眼鏡店の眼鏡処方は
   医行為であることから三重に免れていると主張されています。(引用終わり)


   実は3重ではなく、その上にさらに「慣習法による合法性の確立」があるので4重なのだが、ま、それはどっち
   でもいいけれど、この黒田さんは、とにかく「メガネ店の眼鏡処方は違法」としたいらしく、私が書いた
   「慣習法の考え方からしても違法性なし」の件については無視しておられる。

   (引用はじめ)ところがところが、新長田眼科のサイトにある医行為とはによると、厚生省医務局長通知
    (昭和29年11月4日付け医収426号) では眼鏡店において通常の検眼機を用いて行なう検眼 (たとえば
    度数の測定) は医行為であるとしているのだそうです。ややこしいのは、眼鏡店において眼鏡の需要者が
    自己の眼に適当な眼鏡を選択する場合の補助等人体に害を及ぼすおそれがほとんどない程度にとどまる
    検眼は医行為ではないことで、これがあいまいさの原因となっているようです。(引用終わり)


    この「通知」なんてものははるか昔に、ためにする問い合わせに対して中央官庁のお役人さん(もちろん、
    司法官ではなく行政官)が自分の考えを述べたものであるに過ぎなくて、判例でも何でもない。
    役人というのは、こういう問い合わせを受けたら普通は完全にシロとは言わないものである。
    なぜならできるだけ広い範囲で自分の裁量権を持っておきたいから。「イザとなったらどうなるかわからんよ」
    と含みを持たせておくのが役人の習性なのだ。

    だからこの回答には法的な正当性はない。こういうことは三権分立の民主主義国家に於ける基本中の
    基本であり、問い合わせに対する役人の回答でシロクロが決まるのだったら、裁判所はいらないし、
    行政訴訟もあり得ない。

    (引用はじめ)ユーザー本位の眼鏡処方を推進する会の説明にはいくつかの誤りがあります。
    現在はノーアクションレター制度 (法令適用事前確認手続) がありますから、主要メンバーとして
    眼鏡店関係者が参加している団体が (たとえ法人格のない任意団体であっても) このような誤りを漫然と
    放置することは故意に虚偽の記述を行っているのに等しいといえるでしょう。(引用おわり)


    自分で勝手に誤りと決めつけて、こういう言いぐさを言う人って、どんな人なのだろう。
    法令適用事前確認手続、って、要するに役人などに「こういうことをしてもいいですか」と問い合わせを
    することでしょ。我々が顧客の眼鏡処方をするにあたって、なんでわざわざそんなことをしなくちゃならん
    のか……、後で言う「最近の裁判での医行為の解釈」からしても、慣習法の観点でも、どちらにしてもま
    ったく違法性がないことしか我々はしていないのに。

    自身のブログにおかしな意見を漫然と放置しているのは、どなただろう。

    (引用はじめ)治療を目的としない行為も医行為に含まれます。(引用おわり)

    これは私が書いた3つの「医行為であることの3つの条件」のうちの一番目の条件に対する反論だが、
    そんなことは百も承知である。
    私は「本来の医療とはどういうものか」ということを、昔の判例でもってはじめの2つの条件で示したのである。
    美容外科などは医師にしか行わせられないから、医師法17条とつじつまをあわせるために便宜的に
    医行為としてあるのであり、本来の(あるいは、常識で判断する)「医療」ではないことは明白である。

    (引用はじめ)医行為であるか否かは、その目的又は対象の如何によるものではなく、その方法又は
    作用の如何によるものと解されていますから、
(引用終わり)

    これも、同様に、医師法17条とのつじつま合わせのために、司法の場で苦し紛れにおかしな解釈を
    したわけである。医療目的とは関係なく「方法や作用」で医行為かどうかが決まるのだったら、刺青
    なんかはまったく「医行為」になるはずだけれど……。

    (引用はじめ)保険適応となる眼鏡処方と同じ方法や作用で処方されるのであれば医行為となるでしょう。
    医行為が治療を目的とするものに限られないことはすでに指摘したとおりです。
    美容外科は疾病の診断や治療ではないので医療とは言えません
    美容目的の美容整形行為も医行為です。医療法施行令第5条の11第1項第1号で医業については、
    (中略) 美容外科、(後略) と定めています。 (引用おわり)


    これも同様に、まず医師法17条で取り締まられる行為ありき、から来たこじつけ解釈なのである。
    私が「医行為」の本質を浮き上がらせるためにあげた3つの条件のうち、初めの2つはかなり昔の
    判例によるものであり、いまでは裁判において医師法17条で非医師の医業を云々する場合には
    「医師の知識や技術を持って行わないと危険な行為」が医行為という、単純な基準を用いている。
    しかし、それは実は行為の内容を客観的に定義するものではなく、同義語反復になってしまっているのである。

    どういうことかと言うと、医師法17条では「医師でないものは医業を行ってはならない」としてあり、
    医行為を業とする(職業とは関係なく、反復継続の意思をもって行う)のが「医業」なのだが、では
    「医行為とは」となると、昔から医師以外に禁じられている美容外科などのおよそ「医療」とは言い
    難い行為までも含まないと、たとえばニセ美容外科医師を取り締まれないから、単純に「医師以外
    のものが行なうと危険」というのを「医行為」としたわけのだ。

    しかし、そもそも医師法17条の制定の第一目的は「医師以外の者に患者に対して危険なことをさせ
    ないため」なのである(第2目的は医師の権益の保護)から、そこにおける「医行為」の定義(解釈を
    「医師以外の者が行なうと危険」とするのは、まったくの同義語反復であり、結局、いまの裁判で使
    われる「医行為」の解釈の内容は実質はなきに等しいのだとも言える。

    だから、いま実際にもし、「この行為は医行為か」という疑義が生じたとすれば、実際には世間的な
    常識や慣行で、あるいは、医師などの意見や判断も参考にして、その都度まず役人や警察や検察が
    判断し、それで、「これはクロにしよう」と思えば起訴するわけである。

    では、どういう行為が医行為と判断されるかと言えば、有り体に言えば、これまではもっぱら医師が
    行ってきたこと、あるいは、これまでにない新しい行為(たとえば、レーザー脱毛など)で、それを医師で
    ないものが危険性が非常に大きいと判断されたならば、それは医師法17条にかかわる「医行為(医業)」と
    見なされるであろう。

    こういうのは結局は常識でわかることなのである。
    我が国のメガネ屋で行なっているメガネの度数の測定処方が、医師が行なえば安全で、医師以外の
    者が行なったら危険だ、と思っている人はごく少数派であり、それは常識はずれな考え方だと言える。
    たとえば、ほとんどの役人も裁判官も、眼科以外の医師も、世間を見て、あるいは自分の体験から、
    そうは思っていないからこそ、メガネ店で医師以外の人にメガネの処方をしてもらっているのである。

    中には眼鏡店へメガネの度数を測ってもらいに来た眼科医もいるくらいである。(それに関しては、
    岡本隆博『快適眼鏡処方マニュアル』(日本眼鏡教育研究所)に実話が掲載されている)

    (引用はじめ)また、厚生省も昭和29年に、顧客の求めに応じて、顧客が自分に適するメガネの度数を選ぶのを
    眼鏡店の間が補助する行為 (それを我々は行なっているわけです) は医師法に反しない、という趣旨のこと
    を言っていますとも書かれていますが、これは厚生省医務局長通知 (昭和29年11月4日付け医収426号) に
    ついて述べているのでしょうか。この通知では前述のとおり検眼について医行為となるものと医行為となら
    ないものがあるとしているのですから、検眼という言葉の解釈が人によって異なることは問題ではなく、
    検眼のうちどのような行為が医行為に当たるのか、当たらないのかが問題なのです。(引用おわり)


    役人(行政官)が「クロ」と言っても、ホントはどうだかわかならいこともあるし、「灰色」と言ったら、
    まあシロで、役人が「シロ」と言ったらマッシロだと思っておけばよい。
    この役人はメガネ店の眼鏡処方はクロのようなシロのようなあいまいなことを言っている。
    その点からしても、まあシロですな、メガネ店の眼鏡処方は。

    だから、20年ほど前の山口県の検眼車告発事件のときにも、検察は不起訴にしたのである。
    検眼者の中で行なわれていたことは、丁寧さや技術レベルは違うとしても、メガネ店の中で行われていた
    ことと本質は同じなのである。
    検眼(度数の測定だけでなく眼の病気も診ること、という医師の解釈による)のうち、医師が行なわなけれ
    ば危険なもの、たとえば、眼疾患に関する診断や点眼などは医行為ですね。そういうのはメガネ屋はしません。
    もし、したら、それこそ医師法違反のおそれが出てきますよ。

    ただし、誤解されては困るのでことわっておくが、眼科あるいはメガネ店での眼鏡処方が、あらゆる法的な
    規制からフリーであるなどと私は述べているのではない。
    それにおいてミスをして相手に何らかの被害を与えれば過失傷害(医師なら医療過誤)という刑事事件に
    なるかもしれないし、民事訴訟でも損害賠償を問われることになるかもしれない。それは当然である。
    ただ、我が国のメガネ屋の通常の眼鏡処方が医師法違反で罰せられることはないはず、
    というのが私の主張なのである。


    (参考)3つの判例を挙げておこう。
    「医行為とは人の疾病を診察治療する行為を指す」(大判昭2.11.14)

    「医行為とは人の疾病治療を目的とし現時医学の是認する方法により診察・治療をなすこと。
     換言すれば主観的には疾病治療を目的とし、客観的にはその方法が現代医学に基づくもので、
     診察・治療可能なものたることを要する」(大判大3.4.7)

    「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行なうときは生理上危険がある程度に達して
     いることが伺われ、このような場合にはこれを医行為と認める」(最判昭30.5.24)


     こういうことも含めて、私は「医行為とは何か」ということに関して下記に詳しく書いておいた。
     (B5版で13ページ分)黒田さんが本気で医行為について考えてみたいのであれば、これは
     国会図書館でも読めるので、これを読んで、ぜひご感想をお聞かせいただきたいものである。

     岡本隆博『CLニセ医者事件考』日本眼鏡技術研究会雑誌第48号

    「黒田さん、私は「医行為」に関しては昔からあなたの何倍も何十倍も調べ、考えてきたのです。
    だって、それはあなたにとってはたいしたことではないでしょうが、私にとっては自分の職業に
    直接関係することなのですから」