眼鏡調製報告書

   稲葉眼科 稲葉昌丸先生
               平成15年4月18日    メガネのアイトピア 岡本隆博

    いつもいろいろとありがとうございます。
    4月11日に貴眼科発行の眼鏡処方箋(4月5日発行)を持参されました、KH様
   (45歳)の眼鏡の調製につき、ご報告をいたします。

    貴眼科発行の処方箋の度数は下記の通りでした。
    R=S−2.50 Add.1.50
    L=S−3.25 C−0.50 Ax90 Add.1.50
               遠用PD=69
   念のためにこの度数でテスト枠で組んで見てもらいましたところ、即座に「右は良
   いが左はぼやけて見える」とおっしゃいました。
   それで、当方で屈折検査をしてみました。
   5m自覚的屈折検査(両眼開放屈折検査)
    両眼開放での一次矯正値(両眼調節バランステストの前の値)
   RV=(1.5×S−2.50) PD=36.3
   LV=(1.2×S−3.25 C−0.50 Ax165) PD=32.7
     遠見で3△基底内方(眼鏡矯正不要)
   ここから両眼調節バランステストをしますと、左右差は0.50Dになりました。
   こういうことはよくあります。初めの左右差から0.50D分かわることもありま
   す。両眼調節バランステストによってこそ、快適な左右差が求められるのです。
   それから、両眼調節緩解テストをしますと、下記のようになりました。(これが両
   眼開放屈折検査の最終結果です)
    R=S−2.25
    L=S−2.75 C−0.50 Ax165 BV=(1.5)
    屋外の遠方を見てもらうと、これよりも両眼ともに0.25D上げる方が、やや鮮
   明に見えますが、さほどの差はなく、5mではまったく差はありません。
   それで、用途を尋ねてみますと、運転はしない、室内作業が多い、パソコン(目の
   高さくらいで視距離60cmくらい)を長い時間やる、とのことでしたので、累進の
   テストレンズを用いてその装用テストも行なって、下記度数に決定しました。
   R=S−2.25 Add1.25 PD=36.3
   L=S−2.75 C−0.50 Ax165 Add1.25 PD=32.7
                BV=(1.5)
     累進部の長さが14mmの遠近累進を使用
   遠用をこれよりもあと0.25弱めると、パソコン画面はさらに見やすい感じもす
   るが、室内でも遠くがぼけて具合が悪いとのことで、これを常用として屋外でも使わ
   れるので、この度数にしました。
   パソコンを見てもらっても、別にこれでもいけそう、とのことでしたが、何しろ何
   時間もの装用テストはできませんので、このメガネでしばらくの間連続的にやってみ
   られて、もしこれでも目が疲れるようでしたら、それ専用のメガネもできますと申し
   上げました。
   4月5日と11日とで目の状態が違ったのかもしれませんし、また日が経つと変わ
   るかもしれませんが、早くメガネがほしいとのことでしたので、この日の測定だけで
   調製度数を決定いたしました。(これでもし、うまく行かなければ、一日だけの測定
   で処方調製をした私の責任ですから、再製作の場合のレンズ費用はもちろん、当方の
   負担とさせていただいています)
   4月17日に出来あがりを取りにこられまして、お渡しのときに念のために各眼別
   の視力を見てみましたら、どちらも1.2で、両眼で1.5出ていました。遠見も近見
   も左右ともに気持ちよく見えるとのことです。
   また、ご自身の視距離で当店のパソコンを見てもらいましたが「これでも良く見え
   ます」とおっしゃいました。
                      ○
   今回、当方で処方度数を決めるにあたって、そちらに連絡(度数を替えて良いかど
   うかの問い合わせ)をしなかった理由は、これまでの経験から、それをしますと、
   (貴眼科の場合はどうだかわかりませんが)たいていは、お客さんにまた眼科へ足
   を運んでもらったり、話がややこしくなるだけで、事情が好転した例がなかったとい
   うことがあるからです。
   なお、貴眼科では、眼鏡処方の際の手順としては他の一般的な眼科と同様に、基本
   的には、片眼遮閉による屈折検査→両眼視で視力確認→装用テスト(乱視の修正など
   も含む)という順でなされているようです。
    しかし、片眼遮閉の屈折検査では、いかに厳密に「最高視力を得るもっともプラス
   よりの度数」を選んだとしても、調節の介入のおそれがつきまといます。そのときに
   両眼ともに調節が介入していたのなら、両眼視で視力を確認するときに、その前の屈
   折検査での調節介入が判明することがありますが、片眼にのみ調節介入があったのな
   ら、それは両眼開放屈折検査、とりわけ両眼調節バランステストをしないと発見できません。
  
    それはCLのための屈折検査でも同様です。その実際手順は、先般お求めいただき
   ました拙著『快適眼鏡処方マニュアル』をご覧くださいませ。
                           ○
   『眼科臨床医報、50:367、1956』の中の「両眼視による矯正」という論
   文で、原田政美、内田幸男の両氏(当時、東大眼科)は、データを元に「両眼視で測
   定すると、アトロピン点眼に匹敵する調節の緩解が得られることがある」と言ってお
   られます。
   私個人の希望としては、眼鏡店でもできそうな眼鏡処方は眼鏡店に委ねていただく
   のが、万事もめる元にならなくてよいと思うのですが、諸般の事情で貴眼科の方で
   すぐにそのように方針変更はできないのかもしれません。
    それで、やはり眼鏡処方をなさるのでしたら、眼科の通常の屈折検査と眼鏡処方は
   分けて考えていただき、眼鏡処方のときには、普通の屈折検査では行なうことが少な
   いところの、眼位検査と両眼開放屈折検査(その中でとりわけ、両眼調節バランステ
   スト)も行なっていただくよう、お願いいたします。それは患者さんに快適な視生活
   を送っていただくためです。(もし、それも行なっておられてのあの処方度数でした
   ら、日によって眼が変わったのでしょう。私の失礼をお許しくださいませ。)

                 

      岡本隆博様

                     2003.4.19  稲葉眼科院長 稲葉昌丸

   当科眼鏡処方箋を修正してくださった件、ありがとうございます。
   詳細な経緯を説明していただき、大変勉強になりました。
   当科スタッフにも回読させております。
   両眼開放屈折検査の必要性は以前から感じていたのですが、導入するに
   至っておりませんでした。今回のような明瞭な事例を示していただいて、
   当科でも早期に開始しようと決心いたしました。

   岡本様のような眼鏡店であれば、参考データのみ示して眼鏡処方をお願いしてしまう
   方が良いのかもしれません。眼鏡作製依頼というより、眼鏡処方専門クリニックに
   紹介するということですね。

   今のところ当科では特定の眼鏡店に紹介することはしない、という
   方針を取っておりますので、
   不特定のレベル不明の眼鏡店を考えて当科
   なりに努力した眼鏡処方箋を発行しています。
   それゆえ、処方変更の必要があった際には当科で費用負担を行なっている
   のはご存じの通りです。

   当科の眼鏡処方技術も向上させていきますが、不特定眼鏡店相手の
   処方箋と、信頼できる眼鏡技術者への紹介状、というものを分けて
   考えた方が良いのかもしれません。
   今後、考えるべき課題だと思います。
   今回の件はいろいろな点で参考になりました。
   ありがとうございます。


    

            まじめな医師ほど損をする
                                         岡本隆博

    医師に限らず、弁護士でも公認会計士でも、まじめにやる人ほど収入はあまり増え
   ない、というのが専門職のひとつの宿命だと言えよう。
   眼鏡処方箋を発行して、それで苦情が来て再処方した場合に、自腹を切ってレンズ
   代を弁償しようという眼科医はまれである。それで、稲葉医師のようにまじめにそれを
   行なう人は損をする。
    しかし、考えてみれば、処方した薬が効かなくて別の薬を処方した場合に、その費
   用を医師が負担するということはない。それは実は、費用の多寡の問題ではなく、薬
   の処方は純然たる医療であるから、医師は結果責任を負う必要がないからである。逆
   に言うと、眼鏡処方において、それをなしたときに特にミスをしたというのでもない
   が、測ったときの体調が一時的に違っていたのかもわからず、とにかくユーザーが不
   具合を訴えており、さらに良さそうな度数に変えることになった、というような場合
   にでも、処方者がそのレンズを弁償するというのであれば、それはもはや専門職の人
   間がなすことではなく、その善し悪しは別として、それはサービス職のやりかたである。

   今後の医療においては、サービス業としての発想や姿勢も取り入れていかなければ
   ならないのは確かではあるが、それは医師がサービス職の人間になるということとは
   違う。サービス職の人間とは、たとえば、西洋のホテルの従業員のうちでチップだけ
   で生活している部門にいる人間のような存在で、ただ顧客の満足感でのみ収入の多寡
   が決まるという性格の職業である。

      処方箋が悪い業者を助ける

   稲葉医師が、眼鏡処方をすべて医療だとみなしておられるのならば、それで苦情が来
   た場合に、一方的な処方者側のミスであると見なせる場合(そういうケースは少ない
   と思う)以外は、再処方のときのレンズ代金を弁償をする必要はない、すべきではな
   いと私は考える。
    もし、処方者に特に落ち度はなかったと思われる場合でも、処方者(あるいは処方
   者側の事業主体)がレンズ代の弁償をするのが妥当であるとの考えをお持ちなのであ
   れば、再処方のときにレンズ代金を医師が弁償することになるような眼鏡処方は医療
   ではないから、そういうものは眼鏡店に委ねるべきなのである。
   それは分るが、眼鏡店にもいろんなレベルの店があるから心配だということであれ
   ば、単に「どこかのメガネ屋で度数を決めてもらいなさい」と突き放すのではなく、
   参考として全矯正度数を示し、さらに処方度数とそれに至る経緯などを報告してもら
   いたい旨を書いた「眼鏡調製指示書(依頼書)」を渡すとよい。
   それを受け取った眼鏡店の中に「そういう報告をしないといけないのなら、自店で
   は処方はできません。他の眼科で処方箋をもらってきてください」と断わる店や、あ
   るいは、自店で処方調製はしたが報告をさぼる店などがあれば、そういう店はブラッ
   クリストに載せて、処方箋を患者さんに渡すときに、そのブラックリストも一緒に渡
   せばよいのである。
   多くの眼科がそのようにすれば、程度の低い店は次第に眼科発行の眼鏡処方箋とは
   縁が薄くなっていく。

    現状はその逆で、技術レベルの低い店(安売り店やファッション指向の強い店にと
   きどき見受けられる)ほど眼科処方箋を歓迎する。度つきのメガネを通販で売る店
   も、当然ながら眼科の眼鏡処方箋を歓迎する。
    なぜなら、そういう店はもともと眼鏡処方の自信がなく、処方箋による調製なら自
   店での測定の手間が省けて、見えにくさの苦情が来ても「眼科で相談してください」
   と言えば済むから楽なのである。

   メガネの技術や商品知識はみなつながっているから、たとえば、眼鏡処方はへただ
   けど、適切なレンズ選びやフィッティングは上手というのは考えにくい。 だから、
   どこの眼科の眼鏡処方箋も歓迎と打ち出している店は技術的には要注意と見てよさそ
   うで、眼科が相変らず眼鏡処方箋を発行し続けるということは、間接的に技術の低い
   店を助けることになる。 
    そして、逆に眼科の眼鏡処方箋は、技術の高い店を困惑させることになるケースが
   多いのである。
                           ●
   稲葉医師が本当に再処方のレンズ代金を弁償なさるのであれば、その旨を眼鏡処方箋
   に記載しておかれるのがよいと思う。
   そうすれば、それを見た眼鏡店の人で、処方度数などに疑問を感じたとしても、安
   心してそのとおりの度数でメガネを作るだろう。
   なぜなら、再処方の場合にレンズ代を弁償する眼科はマレな存在で、処方箋に従っ
   て作ったメガネでうまくいかない場合で、その原因が度数にあった場合には、いまの
   我国では、たいていは次の4つのうちのどれかになるからである。

 1.眼鏡店に相談を掛けて「眼科でご相談を」と言われて、眼科へは気おくれして
   苦情を持っていけない。

 2.眼鏡店で再測定してレンズを入替える。レンズ代は店が負担する。(商売的な理由から)

 3.眼科へ言って再処方を受ける。商売上の理由で(アフターサービスの一環として)店は
   無料でレンズを入替える。(眼科から店に無料入れ替えの依頼電話が入る場合もある)

 4.眼科で、他のどういう度数に変えればよくなるかがはっきりわからないので、
   うやむやですます。(ここから1になる場合、ユーザーがあきらめるケース、消費者
   センターへ相談するケースなどがある)

   これ以外の場合もあるが、とにかく、真面目な眼鏡店、顧客には快適なメガネを掛
   けてほしい、あとあとのフォローもきっちりしたいと思う店、眼鏡処方に自信を持つ
   眼鏡店ほど、眼科処方箋での眼鏡調製を喜ばないものだ。あとのことを考えると気が
   重くなる。
    逆に、売ってしまえばあとはどうでもいいという店ほど、どこの眼科のものでも眼
   鏡処方箋は大歓迎なのである。 そこまで知って眼鏡処方箋を発行しておられる眼
   科は、我国にいったいどれくらいあるのだろうか。 (了)

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